レンズの詩学

アート批評、戦略論、雑感など

生き方としてのクリエイティビティ

クリエイティブな生き方ってのが存在する。

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2016年現在もいまだ現役のはずなんだけどさ、2005年に日本人として初めてのNHL契約選手となった福藤豊っていうアスリートがいる。NHLはカナダと米国にまたがる世界最高峰のプロアイスホッケー組織で、MLB、NBA、NFLとともに北米4大プロスポーツの一角を占める人気スポーツなんだけど。体格的に劣る日本人にはどだい不利な競技でさ、日本国内ではメジャーとは言い難い。

そんな日本でもアイスホッケー選手の二大産地っていうのがあってさ。北海道の苫小牧と釧路なんだけど。福藤はそんな釧路の生まれで中学校時代にはすでに強豪校でゴールキーパーとしての頭角を現してたんだ。日本アイスホッケー界を背負う期待の新星ってわけ。普通ならそのまま推薦で高校も強豪校を選択するのがスポーツエリートっつうもんだけど、このとき福藤はアイスホッケーではマイナーな東北の高校に進学する。理由が実にクリエイティブなんだ。自分はゴールキーパーだから、強豪校の優秀な選手の強烈なシュートをたくさん受けたかったっていうんだよね。この発想がすごくないか?でさ、本人の目論見どおり強豪チームのシュートを多く浴びて鍛えられ、高校生としては史上初のアイスホッケー日本代表になって、後々NHLでの日本人初プレーヤーとして出場まで果たしてるっていうからすげえよな。
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俺自身もさ、我を押しとおすあまり何かと周囲から誤解されたり変人扱いされる性質でね。自分自身の欲望に忠実で、自らのスタイルを崩さず、自分の信じる道を突き進むっていう生き方してる人を見るとさ、ちょっとした憧憬と一縷の嬉しさを感じずにいられねえっていう。どっかで妬みみたいなもんもあるんだけど、でも単純にすげえなって感覚に耽溺しちゃうんだわ。で、そーゆー人の行動をよくよく見ると狭義でのクリエイティブさ(スペックとしての)以上に、人生を自ら創り出してるっていう戦略的なクリエイティビティを強く感じるの。

身近なとこでも過去に会ったことある人でそーゆーの感じたことがあって。とあるコンサル会社に粗利1億円以上稼ぐって看板コンサルタントがいてさ。ビジネス書なんかも何冊か出してたりする業界じゃちょっとした有名人でね。昔のご縁の社長をとおして何度か会ったりしてんだけど、一般的なコンサルタントって職種の人とはイメージがかなりかけ離れてて。第三者的に見るとホントに「ぶっきらぼう」としか言いようのない印象を与えるような人で。この人、ちゃんとコミュニケーション取れるの?ってくらい近寄りがたい雰囲気醸しててさ、あきらかにその存在が異質なの。会話してみても雑談とか殆どなくて。すげー目的合理的なピンポイントな回答しか返ってこないっていう。今でいうコミュ障とおりこして、興味ないことは徹底して興味ない人なんだなって思わされた。

よくよく考えると純国産のコンサル会社ってさ、クライアントの売上を上げることが至上命題なわけで。クライアントの経営課題を円滑に解決するための折衝力や新規クライアントを獲得する営業上でのコミュニケーション力が必要なのは確かなんだけど、この人はその部分を戦略的に自ら削ぎ落として、エネルギーのすべてを課題解決のための発想っていうところに集中投下してるんだろうなってことに気づかされた。そこしか興味がなくって見てないんだろうなって。

 

本来であればコンサルタントとして独立を考えてもいいくらいの顧客基盤とブランドが出来上がってるにも関わらず、この人はそれを潔しとせず今も企業の中核を担ってらっしゃる。中堅企業でしかなかった自社を東証一部上場まで押し上げ、今や取締役として会社の明日を担う事業開発に取り組んでいるようで、一体どんなビッグなことを考えてるのか気になって俺自身も今後の動向を注視してたりする。

 

結局のところクリエイティビティってのは、アウトプットとして可視化できるような実体なんかじゃなくって。自らの信念に従って、いかに物事・事象をデザインするかって、その人のスタイルであり発想のなかに宿ってるってこと。そこんところを今の広告業界をはじめ、アート界隈、一般社会は履き違えてるんじゃないかって思うわけ。

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単純な話、自分が戦える土俵を自ら創り出すってのがほんとのクリエイティビティであって、既存のルールの中でどうこう言ってるようじゃ話にならない。自分が突き抜けるためにルール自体を自分自身のコードに書き換える、それが詰まるところのクリエイティビティで、クリエイティブってのは実は「戦略」なんだって話。