レンズの詩学

アート批評、戦略論、雑感など

今こそ日本語ラップは夜明けに還れ

約20年にわたって、その偉大すぎる背中を追い続けている孤高のサウンドクリエイター、DJ KRUSHがソロ活動25周年の節目にニューアルバムを発表した。11年の時を経て発表された昨年の『BUTTERFLY EFFECT』から矢継ぎ早のリリースとなった今作は自身初となるラップアルバムで、旬のラッパー8人が参加したオムニバス。全編が日本語ラップとなっている。

軌跡

軌跡

  • DJ KRUSH
  • ヒップホップ/ラップ
  • ¥2400


日本人ならではの唯一無二のサウンドを追求し続ける氏は、その世界観をこれまでインストゥルメンタル主体でストイックに表現してきた。さすがにどれもトラック、つまりオケは素晴らしい。肝心のラップはというと、ラッパーによって好き嫌いがはっきりと分かれるのが実際のところだ。正直、トラックが持つ世界観や存在感にラップが気圧されてるような曲も含まれてた。

 

久しぶりに日本語ラップを聴いたんだが、率直に言うとインストに比してラップは凡庸な印象だ。今でこそヒップホップも多様化していろんなスタイルのラップがなされてるし、黎明期をリアルタイムで生きてきた世代の俺から見ても昔と比較すると格段に昨今のラッパーのスキルは上がってる。実際にMCバトルにおいてはアンダーグラウンドとはいえ、今までにない盛り上がりを見せてる。でも、やっぱ手放しにかっこいいと思えるラップには一定の普遍性がある。

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今回は俺が思うベスト・アーティストと合わせて、日本語ラップの理想を語ろうと思う。まず、以下2つの条件を前提として挙げさせてもらいたい。

 

  1. 歌詞カードなどを参照することなしにラップしてる言葉(リリック)がきちんと聴き取れる聴認性がともなっている
  2. ポエトリーリーディングやポエトリーラップと呼ばれる、語りや囁きのような、音律のともなわないスタイルのものは排除。きちんとメロディに乗せたラップをしていること

 

前提としては当たり前のように思えるかもしれんが、この2つの条件を適用すると現在活躍しているラッパーの半数以上は消えてしまうだろう。「聴認性」とは俺が勝手に使った造語。何をラップしてるかわからんような、ただなんとなくメロディに言葉らしきものを乗せ、たとえば和製英語を混成させたラップはラップと認められない。

 

なぜならヒップホップとは本質的に「言葉」の文化であり、ボキャブラリーを駆使した「言葉遊び」によって初めてその魅力を体現できるからだ。ただ音律的にかっこよかったり心地いいというだけのラップはラップではないと言いたい。反対にメロディを排除して言葉を吐き出すポエトリースタイルのものはあまりにも一辺倒で、音律的な面白さがないので何曲か聴けば飽きてしまう。あくまでラップはラップであるべきだ。

 

また、WackだのDopeだのと門外漢の一般人が聞いても理解に苦しむようなスラングや専門用語を並べ立てるようなスタイル、たとえばギャングスタなどはここでは除外する。ただでさえ閉鎖的で排他的なカルチャーで、内輪に向けた痴話喧嘩みたいなラップしてても一向にカルチャーとしては発展しない。あくまで誰が聴いても理解できる、共感に値する内容であることが重要なのだ。

 

では、どのようなラップがあるべき姿なのか、俺が文句なしにヤバイと思うアーティストを挙げていこう。

 

スチャダラパー

日本語ラップのひとつの到達点として挙げたいのがスチャダラパーだ。発音から判別できる音声単位を音素といって、英語の半分程度しか音素がなく音節も少ない日本語はラップに不向きとされてるが、逆にそれを利点に角々した日本語独特のイントネーションを地でいき、「侘び寂び」のようにメリハリ効かせた漫談調のラップ。史上最もきれいな日本語ラップだと思ってる。滑舌鋭いボーズとゆるさ全開のアニという好対照でキャラクターが立った2MCに加え、類稀なサンプリング感覚で王道のパーティートラックを生み出すシンコの絶妙なトラック。またオリジナルメンバーではないものの、初期からスチャのコミカルな世界観を斬新なビジュアル作品で視覚化した映像作家タケイグッドマンとの相乗効果により、陳腐化することなく日本のオールドスクールの地平を踏破し続けてる。


スチャダラパー "レッツロックオン" (Official Music Video)

 

何気ない日常に目を向け独自の視点でユーモラスに、ときにシニカルに問題点をあぶり出していく語り口は教養の深さを備えていて、まさに文化人ラップといえるものだろう。デビュー当時からずっと同じスタイルでブレることなく貫き通しており、後にも先にも日本語ヒップホップの金字塔といえる至高のユニットといえる。

THE BEST OF スチャダラパー 1990~2010

THE BEST OF スチャダラパー 1990~2010

  • スチャダラパー
  • ヒップホップ/ラップ

 

SHING02

独特の言語感覚と世界観が圧倒的におもしろいのがSHING02(シンゴ2)だ。バイリンガルで知られるラッパーながら海外から母国を見つめ続けた彼の日本語は荒々しいくらいに切れ味鋭く、彼にしか語り得ない境地をリリックにしている。「字詰めに煮詰めて己を見つめて言葉を沈めて 400 !世の中の嘘800真っ二つに切る言葉 400!」、「三島みたいな死に生き様!」など一度聴いたら忘れることのできない名パンチラインが数多く存在する。個人的にフローのスタイルはスチャダラパーの系譜に連なるように思えるんだが、軽快な語り口とは裏腹になんとも粘っこい印象を与え、決して他人が真似することのできない、ならではの言語世界を提示している。


Shing02 - 400
緑黄色人種

緑黄色人種

 

 

降神

DJ KRUSHの今作でも圧倒的なスキルと壮大な詩世界を披露している志人と、なのるなもないという2人の稀代のリリシストによるMCユニット、降神もまた素晴らしい。とくに最近は志人もポエトリーリーディングに大きくシフトしているけど、なんといっても降神の頃のオーソドックスな歌心に溢れたスタイルの時の方がオリジナリティがあっていい。なのるなもないというMCもまた志人のリリックの前に過小評価されてる感が否めないんだけど、フロウ自体のオリジナリティというところでは志人よりも際立っているし何より声質がいい。彼らの登場により新しい日本語ラップの可能性を感じさせられた。トラック自体も変則的なビートで妖しさを醸していて、ある意味神がかっている。このアルバムはそんな彼らの記念碑的作品といえる。


お尋ね者/降神 feat ERONE(韻踏合組合) & 漢(MSC)
降神(おりがみ)

降神(おりがみ)

 

 

SHUREN THE FIRE

THA BLUE HERBという絶対的なカリスマが見出した新たな才能として、アルバム発表時はちょっとした話題にもなったラッパー、SHUREN THE FIREは個人的に最も好きなアーティストだ。最近はラップよりもトラックメーカーとして活動しているようだが、その資質は古今でも抜きん出ている。まるで妖艶な不協和音を奏でるセロニアス・モンクの旋律のように、哀愁を感じさせつつ圧倒的なアイデンティティの強さを訴えかけてくる詩情溢れるラディカルなフロー。言葉が映像化して突き刺さる。トラックにもサンプリングを多用しているのだが、ラップ自体になんともジャズを感じさせる稀有なラッパーだ。その言葉はヒップホップへの愛やリスペクトを感じさせるものになっていて、強度が伴った“熱さ”を秘めている。


SHUREN THE FIRE - 111Helicopter (DJ ANGO)
My Words Laugh Behind The Mask

My Words Laugh Behind The Mask

 

 

漢a.k.a.GAMI

最後に挙げるのは上記ブライテストの中で最も高い知名度を誇るであろう漢a.k.a.GAMI。なんといってもバトルMCとして数々のタイトルを手にしてきた人物だから、その本質はフリースタイルの中にある。しかし、その強烈な個性が際立つ独特な声質と、つぶやきや囁きにも似た粘っこいフローはまさに唯一無二の存在感だ。これだけトリッキーでスキルフルなラップでありながら、ちゃんと語っているリリックが一語一語が聴きとれる。一聴しただけで彼とわかる圧倒的なオリジナリティこそが、帝王たる証明であろう。自身の波乱に満ちた出自をさらけ出した自伝を出版していることからも分かるように、そのスキャンダラスな経験に裏付けられた自信と挟持が魅力的なワンオブゼムなラッパーだ。実は過去にDJ KRUSHのアルバムにも客演している。


DJ Krush - Mosa ft. Kan

導 〜みちしるべ〜

導 〜みちしるべ〜

  • ヒップホップ/ラップ
  • ¥2000

 

ここに挙げた5組のアーティストの作品は殆どが2000年初頭のものだが、それぞれ色褪せることなく、いつ聴いても常に新しく、予備知識なしに胸に響く言葉があり、それぞれの色の輝きに満ちている。なにより全員が未だ現役で活動しているのだからその輝きが失われようはずがない。日本語ラップは確実に進化している。だからこそ、これからラップを始めるあんたは彼らを越える必要があるし、これからラップを聴き始めるあんたにはまずはこの5組から聴いてほしい。

 

で、重要なことはラップは“言葉”だ。自分の文法だけで、業界人しか感受し得ない閉じた言語でラップしてたらヒップホップ圏外の人の耳には届かない。音的にどれだけかっこいいラップをしても、理解し得ない、聴き取れない言語は胸には響かない。この大前提のもと彼らを越えるニューカマーを期待したい。ラップとはその人の生き方、考え方を言語化した知的営為であるべきなのだ。